katatumuriのブログ

!カタツムリ そろそろ登れ 富士の山

 

とっても暗い不快な記事になります。気分が落ち込むと思います。気分・体調が良くない方は読まないで下さい。

 

 

施設に入所してからリアルタイムでテレビを見ることができなくなった。 ドラマなどは録画して観ている。 同室者が居ることや、イヤホン・ヘッドホンが苦手なことが主な理由です。 

なので最近の情報やニュースはネットからでネットをしなければ孤島の人?状態になります。それでなくても世捨て人の様な生活になってしまうのでパソコン・ネットは離せません。ボケてしまいそうです。

 

入院しているとき(1988年11月末頃から翌年)てれびで事件のニュースが頻繁に流れていました。自分は手術をしたばかりで朦朧としていたんですが、何故か憶えている場面があります。その事件は被害者女子高校生が深夜に車で拉致され長期に渡り(やく一ヶ月)監禁・暴行・強姦<不特定多数>されたあげくコンクリート詰めされ殺害されるというあまりに惨い事件です。加害者は少年達5人?当時16~17歳です。

この年は日本史上最悪な事件が多かったようです。

 

テレビのコメンテーター達が言い争う?場面があって、ある歌手が、どうしてそんな夜遅くに独りで出歩くのか?監禁されて逃げられたのに逃げなかったのか?みたいな被害者の落ち度を指摘していました。それにしても・・・人間と言うのは残酷だ。この指摘に憤慨したのを憶えている。

家族を殺すと脅されて逃げられなかった、それでも逃げようとして見つかって、もっと酷い暴行を受けたのが事実だった。監禁された部屋は天井まで血が飛んで残っていたいう刑事も見たことがないような状態だったようです。

加害者の車に乗ったのも自ら乗ったんではなかったし。

 

 

被害者の少女はそのあまりに惨たらしい酷い暴行に絶えかねて加害者達に

「もう殺してください!」と懇願したという。・・・

 

たぶん、たぶん なんですけど、

このとき彼女は、無意識に言ったと想像します。 恐怖と絶望と苦痛のあまり無意識に錯乱状態のなか・・・絶叫したのだと・・・。

 

何故?そんなことが言えるのかというと、自分も無意識・錯乱状態で同じようなことを叫んだ事があるからです。

恐怖と絶望は体の奥底から黒い煙の塊のようなものがムクムクと湧いてきて(ここまでは記憶にあります)一瞬で気を失い何を叫んだのか憶えていません。

 

自分は・・・あぁ・・・あの恐怖(もちろん同じではないにしろ)を体験したのか?と思うとこの事件・彼女のことが当時、自分のことのように感じていました。

 

彼女は どうして自分はこんなめに・・・と、絶望 恐怖 諦め 最後の薄れいく意識の中で何をおもっただろう・・・・

せめて、苦痛だけは なかった でありますように・・・と。

 

脳は、不思議なもので 人の限界を超えたあまりの苦痛・恐怖は 瞬時で長くは続かないものだと思っているので。

 

数年経ったあとでネットでこの事件の詳細を知って、少年法の是非や死刑問題、特に更生についてを考えさせられました。 答えは出ずですが。-_-

 

被害者のご家族・ご両親は 一生、心の底(魂)から 笑う ことができなくなりました。

終わりのない苦しみであるとおもうけれど、時が経って少しでもその底知れないかなしみが、かたちをかえて癒されてますよう。願うばかりです。

 

加害者の家族の苦しみ・・・これもまた はかりしれません。